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仙台地方裁判所 昭和49年(人)1号 決定

請求者・被拘束者 谷山勝一こと康柄裁

拘束者 仙台入国管理事務所長

訴訟代理人 宮北登 外六名

主文

請求者の請求を棄却する。

手続費用は請求者の負担とする。

理由

請求者代理人は「被拘束者谷山勝一こと康柄烈を釈放する。手続費用は拘束者の負担とする。」との裁判を求めた。その理由は、

一、請求者は韓国に国籍を有する外国人であるところ、昭和四九年七月二七日、外国人登録法違反の公訴事実で勾留により身柄拘束のまま仙台地方裁判所に起訴されたが、その第一回公判期日の後である同年九月九日、保証金額一三〇万円とし、居住地を身柄引受人である宮城県黒川郡富谷町明石字西の人三二の二五勝村元雄方に制限することを条件として保釈を許可された。これに対して検察官から仙台高等裁判所に抗告の申立てがあつたが、同裁判所は同月一二日これを棄却する旨の決定をしたので、請求者の弁護人は同月一四日、身柄引受人である勝村元雄を通じて保釈保証金一三〇万円を納付し、身柄引受のため宮城拘置所に赴いたところ、請求者はすでに同所において仙台入国管理事務所所属の入国警備官により出入国管理令に基づく外国人退去強制書の執行を受けて連行され、引き続き同事務所に収容されたまま現在に至るまで釈放されていない。

二、しかしながら、右退去強制令書の執行は出入国管理令第六三条に違反している。すなわち、同条第一項前段は退去強制を受ける外国人について刑事訟訴に関する法令その他同条項に定める法令の規定による手続が行なわれている場合には、これを優先させることを原則とし、ただ、この場合、出入国管理令の規定による手続を一切行なえないとしたのでは退去強制を受ける者を速やかに送還することが困難となるため刑事訴訟に関する法令等の規定による手続の支障とならない限度で出入国管理令の規定による手続のうち退去強制令書を発付するまでの手続を行なうことができる旨を規定したものであり、このようにして発付された退去強制令書は、これが執行されると退去強制を受ける者の送還が実現してしまい、刑事訴訟に関する法令等の規定による手続を行なうことが不可能となることから、これらの手続が終了した後でなければ執行できないとしたのが同条第二項の法意である。本件においては、請求者は、外国人登録法違反の容疑で吉岡警察署に逮捕され、宮城拘置所に身拘を移されて間もない昭和四九年七月二六、七日ごろ、仙台人国管理事務所所属の入国警備官の違反調査および入国審査官の審査を受けたのであり、そのあと、主任審査官は、請求者に口頭審理を放棄させたうえで退去強制令書を発付した。右の手続は、まさに出入国管理令第六三条第一項に基づいて行なわれたものであるが、前記のとおり、右退去強制令書が執行された当時においては、請求者にかかる刑事訴訟に関する法令の規定による手続は未だ終了していなかつたのであるから、右退去強制令書の執行は同条第二項に違反しているものというべきである。

三、また、請求者は、前記のとおり一三〇万円という多額の保証金を積んで権利保釈を獲得したのに、退去強制令書の執行により再び身体の自由を拘束され、保釈そのものが全く意味のないものとなつてしまつた。そのために請求者は、事後的にではあつても外国人登録申請手続をしてこれを自己に有利な情状とすることができないなど、前記刑事被告事件の弁護活動に著しい制約を受けているのみならず、仙台入国管理事務所内では弁護人との接見交通権(刑事訴訟法第三九条)ひいては弁護人に依頼する権利(憲法第三四条)さえ侵害されている。しかして、一般に刑事被告人の右のような権利は、行政上の手続によりたやすく侵害されてしまうほど軽いものではないのであるから、この意味でも前記退去強制令書の執行は不法である。

以上の理由により本件拘束は不法であるから、請求者の釈放を求めるため本請求に及んだ。

というのである。

よつて、検討するに、請求者が請求の理由一記載のごとき経緯により身体の拘束を受けていることは記録上に顕著である。しかしながら、出入国管理令第六三条第一項前段は、退去強制を受ける外国人について刑事訴訟に関する法令その他同条項に定める法令の規定による手続が行なわれ、その者が現に身柄を拘束されていることを前提として、このような者についても出入国管理令の規定による手続のうち退去強制令書の発付までの手続を行なうことができる旨を規定したものであることは、同条項前段により収容(第五章第二節)、退去強制令書の執行(第五二条)および送還先(第五三条)に関する規定の準用が除外されており、同条項後段に容疑者の出頭および取調(第二九条第一項)ならびに入国審査官の審査(第四五条第一項)に関し読替規定が設けられていることに徴し明らかである。そして、同条第二項は、右のようにして退去強制令書が発付されても、その執行のためには必ず退去強制を受ける者の身柄の拘束を伴うので、その者が刑事訴訟に関する法令等の規定による手続により現に身柄を拘束されているときは、これを執行することができないという前提の下に、この場合には、退去強制令書は、右の手続が終了し退去強制を受ける者が身柄の拘束を解かれてから執行する旨を規定したものであつて、請求者のいうように、退去強制を受ける者について刑事訴訟に関する法令等の規定による手続が行なわれているときはその手続が優先し、退去強制を受ける者が現に身柄を拘束されていると否とにかかわらず、右手続が終了するまで退去強制令書を執行することができない旨を規定したものではない(もつとも、このように解すると退去強制を受ける者について刑事被告事件が係属中、その者が保釈により身柄の拘束を解かれた場合に退去強制令書が執行され送還が実現してしまえば、それ以後、右事件について手続を行なうことが不可能となるが、このことは同条項の規定とは別個の問題として処理すべき事柄である)。したがつて、本件において、請求者にかかる刑事被告事件の手続が未だ終了しなくとも、保釈により身柄の拘束を解かれた請求者に対し退去強制令書を執行したことは何ら同条項に違反しないから、これを前提とする請求者の主張は理由がない。

また、請求者は、本件拘束により請求者の刑事手続上の権利が侵害されていると主張するが、前記のとおり、本件拘束は退去強制令書の執行として刑事手続とは別個の手続によつてなされたものであるから、本件拘束により結果的に請求者の刑事被告人としての弁護活動その他刑事手続上の権利の行使に支障が生ずるとしても、このことの故に本件拘束を違法とすることはできない。

よつて、本件請求は理由がないことが明白であるから、失当としてこれを棄却することとし、手続費用の負担につき人身保護法第一七条、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 牧野進 大塚一郎 合田かつ子)

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